標準=並というイメージがあるが、標準治療というのは今の時点で効果や安全性がしっかり確認されている一番いい治療法である
国立がんセンター病院 放射線診断部レジデント、同中央病院 放射線診断部医員を経て、2006年、がん対策情報センター長補佐(情報提供・診療支援グループ長併任)、2010年、同副センター長。2012年3月より同センター長(16年4月よりたばこ政策支援部部長併任)。「がん情報サービス」(ganjoho.jp)の立ち上げ・運営に携わり、がん情報提供や、がん対策評価などに取り組む。
「がん=死」というのは30年くらい前のイメージで、今はがんと共存できる時代。大切なのは治療を行なう目的で、それを患者に伝えることが大事
1989年茅ヶ崎徳洲会病院内科レジデントとして内科各科を研修。1992年、国立がんセンター中央病院内科レジデント、1997年同科のスタッフとなる。その後、国立がんセンター医長を経て、2011年、日本医科大学武蔵小杉病院腫瘍内科教授として赴任。腫瘍内科を立ち上げる。
患者さん一人一人が自分らしくがんの治療を選ぶこと、そのために患者さんと一緒に考えることが大切で、あとで知らなかったと後悔してほしくない
1993年聖路加国際病院外科医員。1994年ハーバード大学ダナファーバー癌研究所研究助手。1996年ジョージタウン大学ロンバーディ癌研究所研究フェロー/助手。2001年ハワイ大学外科レジデント。2004年ハワイ大学外科チーフレジデント。2005年ハワイ大学外科集中治療学臨床フェロー。2009年聖路加国際病院乳腺外科医長。2010年より聖路加国際病院乳腺外科部長、ブレストセンター長。2017年聖路加国際病院副院長。
患者個人の価値観の重要性を認識している医師はまだ少ない。治療により「人生の質」を保てる期間が重要であって、単なる「生存期間」がエンドポイントではない
1986年東京女子医科大学放射線科入局。講師、順天堂大学医学部放射線医学講座助教授などを経て、2011年 放射線医学総合研究所病院重粒子医科学センター病院治療課第三治療室長。2015年 東京女子医科大学放射線腫瘍学講座教授・講座主任に就任。2018年4月から医学部長。
緩和ケアには、がんと相撲を取るときの土俵を整えるような役割がある。土俵を整えて、がんの治療を恐れずに向き合うことができるようみんなで支えていくのが緩和ケアなのだ。
1987年筑波大学卒後、東京女子医科大学病院 第三外科(腎臓外科)入局。アメリカ ミシガン大学腫瘍外科学post-doctoral fellow、国立がんセンター東病院緩和ケア病棟、東京女子医科大学在宅医療・緩和医療学講師、国立国際医療センター緩和ケア科医長等を経て現在に至る。
今はIT技術がかなり発達し、情報を発信することが簡単になったため、色んな情報が溢れている。その情報が本当に正確なのか、自分の治療方針を決めていく上で参考になるのかどうかを見極める力を身につけることが重要
98年島根医科大学(現・島根大学医学部)第二外科(消化器外科)入局。その後、金沢大学、東京女子医科大学、早稲田大学、大阪大学等を経て現在に至る。
最近は医療が発達してきて一人の患者さんに複数の治療法が提示される。どういう治療を受けるのか、あるいは受けないのかを決める上で大切なのは情報
1986年北里大学病院入職。1992年北里大学大学院看護学研究科修了。1996年に日本看護協会がん看護専門看護師の認定を受ける。北里大学看護学部臨床教授、日本赤十字看護大学臨床教授、一般社団法人がん相談研究会理事長等経て、現在に至る。
がん相談支援センターは、がんになった人、なるかもしれない、がんかもしれないと思った人が、何でも安心して相談できる場所である
1996年聖路加国際病院入職。病棟勤務を経て、2008年より相談支援センターがん専門相談員として、医療連携とがん相談支援に関わり、現在に至る。日本がん看護学会、日本癌治療学会、日本乳癌学会、がん相談研究会等に所属。
ピアサポートとは同じ立場、同じ経験をしたからこそ言えるような言葉を患者さんにかけたり情報を提供したりしてサポートを行なうこと。体験者であり、患者さんに共感できるところが強み
2009年の湘南記念病院乳がんセンター立ち上げ当初よりピアサポーターとして活動。他に、「ピアサポートよこはま」ピアサポーターや、がん患者会「はまひるがお」相談員、NPO法人「スマイルボディネットワーク」理事としても活動している。
医療者が全てを解決するのは無理なので、ピアサポートの人に感情的な面をフォローしてもらうことで役割分担ができ、より効果的に治療にあたれる。
横浜市立大学医学部付属病院で研修後、済生会横浜市南部病院、独立行政法人国立病院機構横浜医療センター外科部長などを経て、2009年かまくら乳がんセンターを立ち上げる。センター長として、医師、看護師だけでなく、薬剤師、体験者コーデイネーターやリンパ浮腫ケアー スタッフを組み込んだ乳がん治療チームの組織、また形成外科と連携した乳房再建などの総合的な乳腺治療を目指す。
がんの様々な段階で悩んでいる患者さん、ご家族、ご遺族が、がんの影響で見失いそうな自分自身を取り戻す居場所になっている。来た人が自然に話ができるように空間や環境づくりにも心を配っている
1973年聖路加看護大学卒。助産師、看護教員としての勤務を経験。実姉の在宅療養をきっかけに、訪問看護に本格的に携わるようになる。2001年、白十字訪問看護ステーション統括所長(CEO)就任。訪問看護・介護などを行うとともに、住民の相談に応える「暮らしの保健室(東京都新宿区)」の開設、運営等を経て、2014年NPO NPO法人マギーズ東京を設立、共同代表に。2016年10月マギーズ東京をオープン。センター長就任。
泣きながら来訪された方が、私たちと話していくうちに、やるべきことが見えてきて「ここに来た時は漠然と不安だったけど、不安がってる場合じゃないですね。やることがいっぱいあります」と、自分で選択して道を見出していかれた
がん・非がんのホスピスケアを経験した後、「暮らしの保健室」に感銘を受け現在に至る。
女性の美しさには、見た目だけではなくて、どんな人生でも精一杯その人らしく生きることから生まれる美しさがある
2004年より、アパレルショップの海外バイヤーを経て、2006年 アパレル会社を起業。2014年1月若年性乳がんを発症。2016年7月、株式会社TOKIMEKU JAPAN設立。2017年ケア・介護用品ブランド『KISS MY LIFE』を立ち上げる。同年7月より病院内店舗事業を開始。
インターネットで必死に情報を探した経験があったので、がん経験者の話をいま闘病中の人に参考にしてもらえたらという想いで「がんノート」というインターネット番組を始めた
2011年に立命館大学卒業後、サイバーエージェントグループ(株)マイクロアド入社。2014年にがんノートを立ち上げ、2015年から国立がん研究センター企画戦略局広報企画室に所属。2016年にがんノートNPO法人化、代表理事に就任。若年がん患者会STAND UP!!渉外役、墨田区がん教育ゲスト講師などを務めている。 「がんノート」ではこれまでに100名以上のがん経験者をインタビューし生放送している。
自分が病気になり当事者になって初めて色々な課題を知った。例えがんであっても、その人がありのままで受け入れてもらえるような、社会を作っていきたい
日本テレビ記者。元「スッキリ」「ミヤネ屋」キャスター。認定NPO法人マギーズ東京共同代表。STAND UP!!発起人。